2001.9.4 Tue

〜 2001.9.6  Thr

 
September 2001  

reported by

Meico K.

Meico K.

Meico K.

 
  ART      TRIP

TGI Art Walking Special 2001

   with   Tatsumi Orimoto

 

 

 直島      Naoshima 

  香川県直島 民家・空家・路地・旧施設

 Streets and Houses of Naoshima

  THE  STANDARD      スタンダード展  
会期 2001/9/4(tue)〜2001/12/16(sun)      
● 主催 直島コンテンポラリーミュージアム /株式会社ベネッセコーポレーション
 9:00〜18:00  無休   入場料 一般¥2,000 /中・高・大・専学生¥1,500 /小学生¥1,000

 

 ● 出品作家

大竹伸朗 折元立身 金村 修 加納容子
木下 晋 杉本博司 須田悦弘 鷹取雅一
中村政人 野口里佳 緑川洋一

宮島達男

村瀬恭子      
 ● 企画
秋元雄史 直島コンテンポラリーアートミュージアム チーフキュレイター
 ● 会場計画
木村 優 アートステーション

       またひとつ、新たなアートの旅へ ・・・

 

羽田から直島へ    

Fry for Naoshima from Haneda 

by Meico K.

 

朝7時45分発のANA高松空港行きで羽田空港を出発。

 

2度目の直島行き。

 

今回は、この旅で同行させていただく折元立見氏の観察がひとつの目的である。

 

また、当然のことながら、直島のベネッセコーポレーション、直島コンテンポラリーアートミュージアム10周年の記念展、内藤礼の「きんざ」完成、島内の場所を使った展示、広がりなども関心事である。

 

 

 

 

飛行機は時間通り9時に高松空港に着き、10時には高松港に到着。

 

昨日までの肌寒い雨とはうって変わった快晴の空。

用心して長袖を着ていたのを、港でノースリ−ブに着替えて直島に挑む準備完了。

 

一路、直島の宮ノ浦港へ。

 

やがて宮ノ浦港が見えてきて、フェリーが港にゆっくり入ってゆく。 

久しぶりと言いたくなる暖かさを感じていると、何か目に引っ掛かるものがある・・・。

 

原因は、民家の屋根にある「」という看板だった。

前に来たときはなかった。

馴染んでいるようで、強い存在感 のある看板である。

島 。そうだよなぁ、島か。

 

島が島とアピールしている。しかも赤いネオンで。

なーんかぐっと俗っぽくもあり、いかがわしくもあり、綺麗でもある。 

後から大竹伸朗の作品だと分かる。うまい。

 

 

予定通り、11時に直島の宮ノ浦港到着。

先にプレオープニングに出席するため現地入りしている折元軍団に迎えられる。

折元立身さん(アーティスト)、渡部雄助さん(TGI代表取締役)、赤荻 武さん(若手アーティスト、ジャーナリスト)等と合流。11時にフェリーが港に着くのに合わせて渡部さんから車で港に着いたと連絡があり、スマートに合流できた。

 

到着後、さっそく折元さん達が島内を案内して下さった。     

 

 

 

 

家プロジェクト

 

ジェームズ・タレル/安藤忠雄  James Turrell /Tadao Ando
「Backside of the Moon」  南寺
 

まずは、ジェームス・タレル(アーティスト・アメリカ)/安藤忠雄(建築・日本)の直島・家プロジェクト

「南寺」の「Backside of the Moon」へ。

   

南寺があったところを、このプロジェクトで寺を再築したもので、安藤忠雄による直島の家の特徴でもある焼杉の黒い板の壁が美しい小さな寺である。

 

お寺の前は広場になっていて、ちょっとした遊び場。

お寺をぐるっと回るようにして、建物の中へ。

 

そこは真っ暗な闇である。 壁を手探りでたどっていくと、広い部屋にでた(ようで)おそるおそる歩くと、ベンチが備えてある。

壁も部屋もベンチも真っ暗闇で実際にどうなっているのか まるで検討がつかない。

 

数人で一緒に部屋に入ったが、暗闇を壊さないように皆声をころしながら、何も見えないこと、どこかに自分がいることを互いに確認する。部屋の中にはボッとした薄い円形の光がはじめは浮かんでみえるだけだった。

 

じっと、前方と思われる方を静かに見ていると、初め目の中に外の光の残像のような色がざわついていたのが、だんだん闇に慣れてゆき、青い四角の光が前の方に浮かんできた。

これがジェームス・タレルの代表作品「アパチャ―」だ。

 

実は、私は数年前、世田谷区立美術館で「ジェームス・タレル展」があった時この作品シリーズを体験しているのだが、(直島からのアポはこの展覧会と前後する)美術館内では壁が白いせいもあるのか、真っ暗な闇は作り出せなかったようだ。

 

それがここでは、直島の焼杉と、安藤の建築と、寺の空間が合わさることで作品と向かい合う時間と体験が深く私に浸透してきた。   

時間の関係で、やっと目が慣れてきたところで南寺を後にする。

                                 

 

 

 

 

 

 

内藤 礼       Rei Naito
「このことを」  「きんざ」
 

南寺から歩いて5分かからないところに、内藤礼作品の「このことを」が通称「きんざ」と呼ばれる家にある。

 

作品制作の為、庭も家も造り替えた。 2001年春にはまだ未完だったが、ようやくオープンしたようだ。

 

当初の予定より随分と時間がかかったようだ。

ここは、屋内には一人ずつ入る。

 

途中から同行したジャーナリスト、アートプロデューサー等女性三人と折元さん達が順々に中に入ってゆく。

 

待っている間、黄色味の強い土のシンプルな庭にあるベンチに腰掛けて管理のおじさんから作品鑑賞についての説明を聞く。

この周辺の民家の庭には緑が多いのに比べてここは緑がなにもない。塀から見える隣の家の緑と屋根、今日の晴天の空がもの極度に眩しく感じる。

 

なにもないのに、なにかの雰囲気が漂う。 

 

一人ずつ家から出てくると、楽しげでもなく、驚いたようでもなく、皆淡々とした表情をしている。

 

折元さんは出て来てすかさずパフォーマンス。

 

私の順番が廻ってきて、重めの黒い木の扉を開けてひとりで中に入る。

 

静かな空間。

 

座ってゆっくりと作品を味わう。

そこここに、ふっと作品が置いてあるのと、目を通して気が通って行くような通路をつくる柱と筒が空間に緊張感を与えている。

 

直島との関わりは今一見えにくいけれど、この場所を味わうにはここに来なければならないのだなぁ。

 

さて、ここまでは今回のスタンダード展とは直接関係なく、直島の家プロジェクトの作品である。

 

 

 

 

 

THE STANDARD

    

本村エリア     Hon-mura Area

   

 

 

 

 

 

 

 きんざを出てスタンダード展、直島内の本村エリアを折元さんの案内で散策する。

 日差しがものすごく暑い。 歩いていると地元のおばあちゃんによく会う。

 こちらが挨拶すると、少し恥ずかしそうににこにこしながら気持ちよく挨拶してくれる。

 それがあたりまえのように。折元さんと94歳になるおばあちゃんの立ち話が始まった。

 元気なおばあちゃんは血圧の調子が良かったとかで、上機嫌。東京から来たことを話すとにこにこしながら「よく遠くから来たねぇ」

 さすがの折本さんもおなあちゃんパワーには押され気味? 

 

   

杉本 博司      Hiroshi Sugimoto
「豊稔池ダム 佐野藤次郎2001」  堺谷家蔵
 

民家の中に入り、部屋の中を見るとボヤッとしたモノクロームの写真が置かれている。というか安置されている。

 

外の暑さとは対照的に、ひんやりした感触のある部屋に杉本の作品。

ダムの写真だとは近づかないと分からないほどに画像をぼやかして、白黒のトーンの美しさを見せている。

ダムの音は聞こえてこない。

異常な程静かに感じる。

 

杉本博司は直島コンテンポラリーアートミュージアムのレストランから見えるテラスに水平線のモノクロ写真作品を展示している作家でもある。 

どちらかというと、そちらの作品の方が展示場所から海も見えるし場所にぴったりしているように思われる。

 

彼は今、旬な作家の一人で、無人の劇場の舞台に光がこもっているようなシリーズの写真作品で有名。

 

日本家屋へのアプローチは色や音をある意味スタイリッシュに排除または加工した作品だとなかなか難しいのだろうか。

 

ちなみに直島にもダムはある。

 

 

 

 

 

加納 容子      Yoko Kano
のれん2001
            

                               

古い直島らしい路地を歩いて行くと、

ほら、と折元さんが指をさした。

 

家の入り口に渋い緑色の軽やかで明るく素朴な暖簾が掛かっている。

歩いていると 路地の家のあちこちに暖簾が掛かっているのだが、これが加納容子の作品。

 

新しいにおいがするのか、デザインが目を引くのだがとても気持ちよく長屋の軒に馴染んでいる。

 

ところで 暖簾を見るとどうも腕をおしてみたくなる。

光に透けて中の様子がなんとなく見えるようで、見えない。

これが、暖簾の内側(路地が外だと考えると)からだと外の影がよく分かるのである。

暖簾があることで、今もそこに暮らしている家の住人の生活と美術観光として歩いている私達との堺になり、又結びつきにもなっているようだ。 

 

人と光や風を通す往来のある外界と境界をつくる暖簾。

風がとおるのが感じられるようだ。

 

現代のデザインと解釈があっての展示なのだろうか。

 

 

 

                     

  

木下 晋      Susumu Kinoshita
「100年の闇/視力/手/沈黙」  石橋家

ぎょっとするような 迫力のある作品である。

家の歴史と作品のモデルの100歳になる老婆の皺、年月が重なり合って重厚な空気を作っている。

 

木下晋は鉛筆のドローイングで老婆の部分をアップにした作品を執拗とも思えるように細かく描いていく。その対象への向き合い方にも敬意を覚えるほど。

 

 

また、部屋に入る光の具合によって鉛筆の銀色の映り方が微妙に変わり美しくもあるのだ。

昨日のプレツアーは曇りだったらしく、今日再度訪れていた人はその見え方の違いに感動していた。

今日の方がいいらしい。

 

木下さんは、この展示の為に家を改造するにあたって、改造のあとを見せないように、家の古さ年期を生かすのに苦心したとおっしゃっていた。 

 

 

 

 

 

須田悦弘     Yoshihiro Suda

「直島 インスタレーション」   高島家 敬老庵 

ここにも作品があるよ、というのにつられて暖簾をくぐり、家の中にはいると、中庭から縁側の障子が開いていて、部屋を覗くようになっていた。

 

部屋の奥には一輪の白いユリが生けられていて、須田悦弘の作品の特徴から、あぁ、あれが作品だなと思っていると、折元さんが不敵に「わかってないな」とあきれ声でにやりといった。

私は??である。

 

どうやらユリは生花であるらしく、その他どこにも作品らしいものはない。

やっきになって作品を探すものの、一向に分からない。

果ては天井のくもの巣や、繭のようなものが作品なのではないかとなんでも作品にしてしまいたくなる。

 

時間切れで分からないまま家を後にした。

 

後で、折元さんに聞いた所、縁側にヒントがあったようだ。

私のように作品を知っていると混乱させられるし、知らなければまた、作品がわからない。

 

うーん、理屈っぽすぎるのではないだろうか。

 

木下晋の存在感ある作品を見た後で、存在ということ自体をコンセプトの一つに持ってきているとしても、それは直島には馴染まないだろうということと、現代美術の胡散臭い部分さえ見て(見えなさ過ぎて)しまった感じがしたのは言い過ぎだろうか。

 

 

 

              

 


 

 

 

                                                                                    

 

 

 

 

 

  

  

 

宮ノ浦エリア     Miyanoura Area

 

さて、本村エリアを一回りしたところで宮ノ浦港へ。

  

大竹伸朗     Shinro Ohtake

落合商店 

       

                 

落合商店として以前賑わいのあったお店を大竹伸朗が蘇らせた作品。

 

どこから持ってきたのか年代もののジュークBOXからは、私が聞いたことのないような古い、しかもSEXYな歌謡曲が流れている。

天井には彼の作品のシンボル的なギターががちゃがちゃと音をたてているし、おもちゃやレトロな生活用品までところせましと 屋台のようにならんでいる。

まるで見世物小屋さながらのにぎやかさ。

お店に入るだけで素直に楽しい。

 

これは今回の展示だけなのか、実際にお店としての役目も果たすようになるのか。

お祭り騒ぎでおわるのか。

ここが無人になるほど不気味なことはないだろう。

 

大竹氏がテレビ局のインタビューを受けていた。

お店の前ではオープニングのために集まってきた人たちでわりとにぎわっている。

 

地元のおばちゃんが面白そうに見ながら通りすぎていった。

 

 

 

                                  

 

  

  

 

 

折元立身     Tatsumi Orimoto

アートママ

大竹伸朗の落合商店からほど近い港の路地裏に折元 立身のアートママが住んでいる。

 

落合商店の賑やかさとはうって変わって、静かな場所。

 

折元のお母さんと近所のおばあさん3人が写った写真と、お母さんの写真。薬がたくさん入ったガラス瓶、床の間のようなところに、身の回りやお母さんの写真がコラージュされたダンボール箱が置いてあり、中から折元立身とお母さんの会話が聞こえてくる。

 

家は古い小さな民家で、展示のために床がぬいてある。 縁側で座っていると、お母さんがそこにいる気配をかんじてくるのだが、そこには気配の記憶のみがただよっているような不思議な空気がある。

 

折元の作品の中では、このような展示で見せるのは美術館やパフォーマンスを交えた展覧会からするとかなり異質な感覚をもたらすのではないか。

 

アートママが直島にも住んでいる。

アートママは折元のお母さんだけではない。

直島にいる直島アートママの家のようだった。 

 

この静かな場所にあって、かなりリアルに時間、もしくは死というものを感じさせられた。

それは永遠と繰り返される箱からの会話と記念のようにその箱の上にあった小さなアートママの写真から。

 

外は相変わらずの日差しで、路地裏の伸びすぎた草が眩しい田舎の路地道をまるで演出しているようでもあった。

 

 

 

 

  

                            

 

 

 

折元立身のアートママを見終わって直島にきたらここ、という山田うどん店へ。

 

地元の人か美術関係者か、直島か東京か。

店内にはひっきりなしに人が入ってくる。

うどん屋さんは島でここだけ。

他に手ごろに食事ができる喫茶店のような所はみあたらない。

 

折元さんの勧めで、人気の肉うどんを食す。

なかなかの美味しさ。

うどんは店内でリズミカルに作られていた。

 

次の展示を観るために、途中から同行した女性陣3人を待たず店を出る。

 

   

 

三菱マテリアルエリア 

 Mitsubishi Material Area

 

オープニングパーティーまではまだ時間があるようだ。

 

そこで、折元さんの提案で 三菱マテリアル地区の見学へ連れて行ってもらうことになった。

 

うどん店と旧卓球場をはさんで港から延びる道を、どんどん行くとがらっと島の雰囲気が変わってくる。

 

人の気配がしない。

 

 

旧卓球場

   

 

旧卓球場に戻る

 

旧卓球場で行なわれるオープニングパーティーに合わせて 、旧卓球場に戻る。

 

さっきまでとうってっかわって、洗練された感じの人達が旧卓球場に集まっていた。

多くは東京からの美術関係者らしい。

 

シャンパンとジュースのパーティー。

 

ベネッセの福武社長、直島町長さんと企画者の学芸員 秋元雄史さんのあと、作家の杉本博司さん、折元立身さん、中村政人さんが作家代表で挨拶。

会場をわかせた。 

 

 

  

 

 

 

 

 

パーティーを終えて、パーティーから参加する人達は直島アートツアーへ出発。

 

私達はベネッセの直島キャンプ場へ車で向った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中村政人     Masato Nakamura

OSC +Mv   旧卓球場

東京都現代美術館からヴェネチアビエンナーレに昇進?中の某ハンバーガ店、(というかマクドナルド) の看板が旧卓球場 。

 

以前は馬小屋だったその空間にはまるように黄色く光っている。

 

ファーストフォード店のない島にあって 、この作品から受ける印象は都会の美術館での展示とは違ったものに感じる。

 

黄色く発行する巨大Mはそのものが経済的な意味を離れても、存在しえていた。

 

まるでUFOのよう。

なんだかかわいらしい。

 

島の人達にはどう映っているのだろうなぁ。

気になるところだ。

 

 

 

  

 

 

 

金村 修     Kanemura Osamu

「DON'T LOOK JAPAN」「 MADAME MATERIAL MADAME」 旧卓球場

直島と東京の雑然とした風景をモノクロの写真にとって2面に分けて展示している。

 

しかし、見えない。

光が作品に反射して写真がまったく見えない。

ということであまり鑑賞できないまま。

 

渋谷のアート系本屋さんでの写真集出版記念の展示は、都会の雑然とした風景(人間臭さ)が迫力あるものだったが、直島ではどうだろう。

 

綺麗過ぎる壁と照明の悪さだけが 、見えない原因だろうか?

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

野口里佳     Rika Noguchi

「新しい島」   旧床屋

 

 

 

 

直島コンテンポラリーアートミュージアムのカタログ写真も手がける写真家の外国の埋立地ができる様をドキュメンタリーした作品。

 

元床屋であったことはなかなか分からない。

がらんとした展示空間になっている。

床屋であったことが生きていて欲しいと思うのだが。

海外では、もとあった空間を最大限生かしながら展示空間にする場所の使い方のうまいということを考えると、建築大国日本は、建物を壊して使っていくことが影響しているせいか、場所と作品をうまくコラボレーションさせるのがうまくないのではないだろうか。

 

空間をつかむのは得意はずなのに。  

 

三菱マテリアル地区の空気のリアルさに作品が沈んでしまっているのが残念に私は感じた。

 

おそらく、美術館内や一般的な展示スペースで見たほうが作品の強度はあったのではないか。

   

 

  

 

  

旧診療所

  

鷹取 雅一     Masakazu Takatori

「日記-21才(男性)」 旧診療所1階

   

狭い診察部屋内に彼の執拗なまでの枚数のドローイングが天井から床から壁に貼られている。

 

セクシャルなものから私的なポエムのようなもの。

とにかくあふれてくるものを描きためていったパワーがある。

 

場所が診療所だからか、精神病的に見えてしまう。

それもまるで的の外れたことではないだろう。

 

 

 

   

 

 

 

 

緑川洋一     Yoichi Midorikawa

「灼熱に挑む―島の精錬所」 「白い村―ある石灰工場の記録」  旧診療所1階

  

               

  

直島の三菱マテリアルの記録写真である。

 

60年前と30年前(?)の直島の三菱マテリアル精錬所の作業員達に迫る写真。

 

今と違って、随分人の熱気が感じられる。 労働環境の苛酷さも今は見えてこない。

 

診療所の駐車場には車以外にもスクーターがたくさん停められているのに、それに乗っていた人はどこへいってしまったのだろうか。

診療所 近くの工場からは音も聞こえてこないが動いているのだろうか。

緑川洋一の作品は、隠された今も浮かび 上がらせてくるものがあるのだろう。単なる中に入ることによって写された記録だけではないのではないか。

 

直島と三菱マテリアルの関係が気になるところ。

ベネッセのコンテンポラリーミュージアムを受け入れる島の体制や、妙に新しい町役場や小学校の建築もとても目につく。

 

 

 

  

 

   

宮島達男     Tatsuo Miyajima

「時の浮遊」 ホスピス・プロジェクト  旧診療所1階

  

                     

秋田にあるホスピスで末期ガンの患者さんとのコラボレーションで制作された作品。

 

これは宮島の「時の浮遊」という、小さな空間を床にある色を写し、その上をさまざまな色や大きさの数字がカウントしながらそれぞれのスピードで動いてゆくという作品で、人がその場所にはいると、数字が体にまとわるようにはってゆその空間にはいりこむ仕組みになっている。

そのシステムを使ってホスピスの患者さんである相馬さんが制作したものである。

 

宮島達男と相馬さんの記録展。

相馬さんの展覧会であるとも言ってよいかもしれない。

宮島さんに宛てられた手紙がコラボレーションの経緯を示している。

 

スタンダード展という企画展にどれだけ合っているのかは疑問が残る。

 

秋田のホスピスに相馬さんの作品を展示する部屋があるそうだ。

 

 

 

  

 

     

村瀬恭子     Kyoko Murase

「イン・ザ・スリーピー・デイズ」  旧診療所2階

浮遊するような人体が描かれた平面作品が、がらんとした病室内に展示されている。

 

病室が似合う平面作品とでもいえるか。 

眩しい光が入ってくる空っぽの病室に、まるでそこにいた人の形跡のように村瀬の作品は溶け込んでいたように私は感じた。

 

ただ、どうしても診療所は場所の強さがあるし、そこには生死のイメージがつきまとってくる。

 

作品にはおのずと生死感が含まれているという見方もあるだろうが、このような企画展の場合、どうしても場所のイメージや存在がからんでくると、よほど作品自身にある強度がないと、そのイメージに流されてしまうことがあると思うが、もしかしたら彼女もそうなのかもしれない。

 

今 が旬と言われる作家を、地方や特異な場所に敢えて持ってくるのもいいが、そこに方向性が見られないと、その場所との関係性は何も生まれないだろう。

 

 

  

 

  

 

 

 

直島の奥地へ・・・ 旧診療所と三菱マテリアルの工場界隈
 

旧診療所を 車で出て、すぐ裏手に見えた丘の上にある古い建物に惹かれて向かった。

 

建物は、△や○の窓がある薄緑色の木造。

現在も労働金庫の事務所として立派に使われている。

 

横には、三菱マテリアルの労働者が使っていたという娯楽ための棟がある。

今は 、床にスプリングの入った立派な道場として使われていて、剣道の道具や和太鼓が置いてあった。

現在 も使われているとのことだが、がらんとした木造の空間に静かな午後の光が入って 、まるで邦画の主人公が青春時代にフィードバックするワンシーンに出てくるような甘酸っぱい空気が漂う。

そこで はしゃぐ赤荻さんと渡部さんが 可笑しかった。

折元さんは 至って冷静。 感慨深げに見えた。

 

そこを出て、時間を見ながら少し三菱マテリアル地区の奥の方へドライブ。

大きなグレーの建物が並んでいる。

走る車は私達しかいない。

工場で 、やっと1人仕事をしている人を見つけた。

 

木造家屋の一軒やの社宅がずっと並んでいる。

洗濯物が干してある窓があるところが数軒あるのを見ると人が住んでいるのが分かるのだが、後はしーんとしている。

皆どこへ行ったのか?

 

 

 

 

 

海に向かう作品群・・・そしてキャンプ場ビーチにて
 

パーティー会場を後にして宮之浦港から山道を抜け、海を見ながらキャンプ場へ。

 

このキャンプ場の入り口に、直島のシンボルともいえる草間弥生のドット南瓜が海を望んでいる。

 

直島出発まで、折元さんの提案で浜辺でゆっくりすることに。

キャンプ場は海に面して、ゆるい丘が続き、パオ型の4人テントと奥に小屋が並ぶ快適空間。

野ウサギが遊んでいたり、カラフルな作品が置かれていたりして楽しい。

キャンプ場というより、野外宿泊施設である。

お風呂場の施設も広くて清潔。

 

ただ、売店がないので(ビールと飲み物くらいは買えるけれど)私達は、港の近くにある生協で直島のにがり豆腐と見たことのない焼き魚、ビールの買物を済ませ浜辺で直島のリゾート気分を存分に味わう。

さすが折元さん、クーラーボックスが大いに役立っていた。

 

そして、直島コンテンポラリーミュージアムまでは、キャンプ場を通り、坂を登って徒歩6分くらいである。

坂の途中には、大竹伸朗「シップヤード・ワークス」、ジョージ・リッキー「3枚の正方形」、片瀬和夫「茶のめ」、ウォルター・デル・マリアの「Seen/Unseen Known-/Unknown」が設置されている。

ウォルター・デル・マリアの作品は海に向って 、それに負けないくらいの力強さを持って存在しているように感じたし、他の作品は自然と関わって気持ちよさそうに見える。 

 

なんて、ゆっくりした 表情をみせるのだろう。

 

直島の美術館・ベネッセハウスの方のお話だと 浜の砂を取りすぎてしまったのと、環境破壊で年々砂浜が狭くなってきているのだそうだ。

キャンプ場から町に少し行った浜では、以前、砂を運んできているトラックを見かけた。

 

さて、歩き回った汗を流すべく、キャンプ場のお風呂を借りて(ただ風呂でした) 直島をすっきり出発することに した。

 

 

 

  

 

 

   さようなら直島 ・・・      Good by Naoshima,  see you again soon.....

 

 

 

港では地元のおばあちゃん達が、今日もベンチで集まっておしゃべりをしている。

 折元さんと共に、おばあちゃん達と少し立ち話をしたあと、

「さようなら」を言って、

16:40の岡山県宇野港行きのフェリーに乗り込む。

 

「スタンダード展」の水色の看板が直島の玄関口に目立っている。

 大竹伸朗の「島」のネオンライトが赤く不規則に点滅していた。

 

さようなら、直島 ・・・ また来るね。

 

 

  

 

 広島      Hiroshima 

  広島市現代美術館

 原爆ドーム

 平和記念公園

 宮島/厳島神社

 

直島から広島へ
 

 

さて、直島をあとにして、フェリーで宇野港に着くと、ここで帰京する赤荻さんと別れ、広島に向かうため、山陽自動車道の岡山インターを目指して30号線で北上する。

 

もうすっかり夕方の空で、思ったより空いている道路で快適なドライブとなった。

 

<続く・・・>

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 


 

(C) 2001 Meico

Meiko Kobayashi 小林めい子 小林明子

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