伶楽の会  温故知新

 

東京新聞1999年7月9日(金)掲載より

 野原耕二 音楽プロデューサー

 
 

情報過多社会の賑やかさで、かき消されてしまった言葉のひとつに「温故知新」がある。大正生まれの母の声と重複する、この論語の定番を文化エネルギーとして推進する会に参加できた。演出家木戸敏郎氏が国立劇場を中心に四半世紀に亘り展開してきた伶楽運動の会である。

 
 

私にとっては、十年前の記録、記憶を調べる事すら息切れを感ずるのに、なんと木戸氏は天平時代にまで遡り、マラソン選手のような思考力で調査、考証を繰り返し、正倉院御物などの古代楽器を復元してきた。有識故実や懐古趣味的色彩を一切排除することで、本来の目的である音楽の道具(Musical Instrument)としての復元であった。木戸氏の思考エネルギーは、千数百年の歴史から音のエネルギーを目覚ませ、国内外の著名な作曲家たちの創作エネルギーを刺激する事で、聴衆に新しい音楽分野「伶楽」を位置づけてくれた。さらに連鎖反応的エネルギーは、昨年から本年にかけ、伶楽運動の中心的役割を担ってきた作曲家一柳慧、石井眞木両氏、雅楽奏者芝祐靖氏そして木戸氏本人もそれぞれ国内外の賞を受賞するというエネルギー保存の法則を証明した。

 

 

伶楽の波紋はさまざまな分野の人たちにも広がっている。先ごろ開催された会には多くの知識人、芸術家が顔をそろえた。その最中、ふと感じたことがある。十八世紀、パリ、ポンパドゥール夫人に代表されるフランス・サロン 文化。パリ生まれの彼女はジョフラン夫人などのサロンで、ヴォルテールをはじめとする一流知識人たちと交流を結び国王ルイ十四世の寵愛を受けつつ、芸術家たちを保護し、人的ネットワークを広げた。十九世紀、二十世紀の文化立国フランスを見据えたような行動力は、当時の宮廷からは随分嫌われたらしい。

 

 

「伶楽の会」の在りようはまさに現代用語的に綴ると「複雑系人物ネットワーク・平成サロン」となろうか。千年紀を前に、文化イベントが目白押しの今日、梅雨空に打ち上げ花火を上げるより、継続こそ文化であるなら、マラソン選手の息遣いとポンパドゥール夫人のような仕掛け花火を期待したい。

 

 

私たちが、二十一世紀文化を論じるにはまだまだ二十世紀の重荷を引きずる事になるだろう。急ぐことはない。千数百年前の正倉院やら十八世紀のサロン文化を温故知新してみるのも一考ではないか。二十二世紀には、今見るフランスのごとく、世界の人々が文化立国日本の存在に敬意を持つことを期待したい。