歴史から学べ、    二十一世紀の情報整理

 

歴史の叡智英断に驚かされることがある。

東京国立博物館で開催された国宝平等院展を観た。

展示された国宝、雲中供養菩薩が持つ

二十八種類にもおよぶ楽器たちは

正倉院に眠る宝物の古代楽器たちである。

国際都市「平城京」における

シルクロード文化の賑やかさを創造させてくれる。

同時期に、宮内庁式部職楽部のメンバーを

主体に構成された「東京楽所」による

雅楽公演をプロデュースした。

雅楽ー日本音楽の源流ーとして紹介する

この公演は満席となった。

藤原京から平城、平安京にかけての

音楽文化の変容を考えてみる。

CD「蘇る古代楽器の響き」箜篌版に

石井眞木作曲「歴年1200」がある。

復元された拝簫、方響、箜篌のためのトリオ曲である。

この三種類の楽器も正倉院宝物、

雲中供養菩薩が奏でる古代楽器であり

後の日本雅楽に組み込まれなかった楽器たちである。

大宝律令(西暦701)、冶部省に設置された雅楽寮

(うたまいのつかさ)が行った音楽の構造化は、

日本音楽の確立である。

その大ナタのいさぎよさは、

組み込まれなかった楽器たちの悲劇でもある。

廃絶の徹底振りは平安期以後、

宮廷、世俗音楽を含めまったく音楽史上から

消えてしまう。

平等院の雲中供養菩薩が奏でる

サウンド オブ サイレンスとなり、

現物は正倉院に封印され歴史伝承となる。

         *

菊池寛賞「フロイスの日本史」第二巻。

秀吉は聚楽第でルネサンス音楽に聴き入り

アンコールの記述がある。

天正遣欧使節団の若者たちの名演奏である。

大航海時代も「平城京」を彷彿させる

情報文化の大量なる蓄積の時代である。

南蛮文化ブームの浸透力を知るエピソードは多種ある。

現代でも日常会話で使うポルトガル語の

多さには驚かされる。

1597年(慶長2)、

土佐の長曽我部元親が発令した「とばくカルタ禁止令」に始まり

秀吉の「バテレン追放令」、

追い討ちをかける家康の「禁教令」の大ナタは

ルネサンス音楽、セミナリオに響いていた歌声も

「オラショ」となりアンダーグランドの闇の中へ

追いやられる。

時に歴史の英断は残酷なこともある。

       *

平等院の雲中供養菩薩から

歴史のエネルギーの話をしたい。

多くの仏教美術作品のなかでも

国宝たるものには美術品としての価値とは

別次元で国宝になり得るエネルギーがある。

奈良国立博物館の方と話す機会を得た。

「1056年創建の平等院、約千年前に「平等」という

概念を持ち建造物に命名する文化はすごい、、、。」

東を向く鳳凰堂も含め、

阿弥陀本尊を中心とした雲中供養菩薩との

構図は阿弥陀来迎図を具現化したものであり、

西方浄土のエネルギーを発し続けている。

となると、約千年の歴史、来堂する人々に

雲中供養菩薩が奏でる音楽は響きつづけている事となり

国宝になり得る。

廃絶された古代楽器の数々も

昭和、平成の復元作業と現代作曲家による

創造性のネットワークから音楽(伶楽)という

エネルギーに再転化される。

現在、これらの復元楽器による演奏会で

私たちは古代の音色を体験できる。

廃絶の悲劇は一転ハッピーエンドを迎えた。

先のアンダーグランドとなった「オラショ」のエネルギーも

江戸300年の時を得て、天使の歌声として

神田ニコライ堂で復活する。

        

2000年、文部省の中学音楽学習指導要項で

平成14年から日本伝統音楽教育が改善される。

明治以来の西洋音楽絶対主義から

音楽文化価値の足下からの見直しである。

古代シルクロードも大航海時代も、

過激なほどの情報を流入させ、終着駅「日本」には

大量の情報文化が蓄積された。

現代社会のインターネットやITとデーターベースの

オーバーワークは一種の飽和状態に陥ってしまう。

歴史の叡智英断は情報整理の道でもあった。

訳もわからずマウスを動かす事より、

歴史から現代、未来を学べることはたくさんある。

優柔不断な先送りより

そろそろ歴史に残るような大ナタを

振るうときではないだろうか。

補足ながら、

私の英断は、所かまわず鳴り響く

着メロに下したいと思っている。

                                                                    (野原耕二 音楽プロデューサー)