オペラ作品

Opera

 


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クロスカルチャー・オペラ 「智暁(ちぎょう)」 −閉じられた舟−

−ある僧侶の地獄への旅と生還−

<オペラの陶酔とアジアの混然の ヴァイタリアテイー>(1999)Op. 113
A Cross-Cultural Opera "CHIGYO〓TOJIRARETA FUNE"−BOAT WITHOUT EYES− <The Fascination of Opera and the Vitality of Asian Art>

◆オペラ「閉じられた舟」ーある僧侶の地獄への旅と生還ーは、1999年10月、 ユトレヒト(オランダ)、 とベルリン(ドイツ)で国際的なスタッフ、 歌手、 音楽家によって5回にわたって初上演シリーズが行 われて成功をおさめ、2000年11月には日生劇場で2夜にわたって日本初上演が行われた。 この二つの上 演が終わり、 「閉じられた舟」は主役の僧侶の名前に因む「智暁(ちぎょう)」と改題された。そして、 副題に「閉じられた舟」そしてクロスカルチャー・オペラ/<オペラの陶酔とアジアの混然のヴァイタリアテイー>を付け、この オペラの性格をより明確にした。


スタッフ、再演の出演者

あらすじ

日生劇場での日本初上演のプログラムから



 

[スタッフ、再演の出演者]
芸術監督、指揮:石井眞木、台本:東龍男、石井眞木、演出:ヘンク・シュート、舞台美術:ヘンク・ シュート、升平香織、照明:成瀬一裕、衣装:合田瀧秀、音響:小島幸雄、振付:加藤みや子、舞台監 督:黒田守、歌手:ナイジェル・ロブソン(テノール/イギリス)、池田直樹(バス・バリトン)、出 演:フランシス・バルベ(パフォーマー/オーストラリア)、大駱駝艦(舞踏)、加藤みや子ダンスス ペース(モダンダンス)、聲明(真言宗、天台宗僧侶)、演奏:赤尾三千子(横笛)、ヘート・トリオ (オランダ)、ハーグ打楽器合奏団(オランダ)、山口恭範(打楽器)、プロデゥース:井上眞次。

[あらすじ]

第T幕

 一人の僧─智暁が、衆生(人々)から選ばれて死の世界へおくりこまれる。 智暁は、櫓もな い外もみえない目無し駕篭舟―「閉じられた舟」で、わずかな飲み水だけあたえられ舟出する。「極楽 浄土」をめざす死への旅である。しかしやがて、空腹、喉の渇きに苛まれ、幻覚に襲われる。ついには 死の恐怖に自制心を失い、見苦しく苦悶し、ヒステリックに泣きわめき、助けをもとめる。大勢の僧侶 (衆生)が「転読」で智暁を救済しようとするが、智暁の精神も肉体も衰弱し、ついに悶絶死する。

第U幕

 死んだ僧―智暁は、「中有(Bardo)」─死んで次の生(成仏)を受けるまでの中間の時空―へ入る。智暁は閻羅王宮を「極楽浄土」と錯覚し喜ぶ。しかし、閻羅大王が登場し『ここは極楽へいくか、 地獄へいくかの裁きをうける場である』と告げ、自らを高僧と認め、舟出をしたにもかかわらず、舟の なかで「成仏」できず、煩悩にくるしみ、死を恐怖し、生に執着し、そのあげく見苦しく苦悶し助けを もとめた智暁に対して、厳しくその行いを問いただす。智暁は、閻羅大王の厳しい追求に必死に釈明す る。問答のすえに、閻羅大王は智暁の上べだけの信仰心を見抜き、北の方向―地獄へ行く裁きを下す。 地獄の場面になる。閻羅大王は智暁に、さまざまな責め苦を与える。智暁、激しい責め苦に、とうとう 意識を失う。阿鼻地獄は突然静止し、一本の銀色の「蜘蛛の糸」がするすると天上から下りてくる。こ の「蜘蛛の糸」は、仏の慈悲を象徴する。智暁は意識をとりもどし、この救いの糸をみて、ようやくこ れまでの自己の愚かさに気付ずき、後悔の念からその心情を歌い「南無観世音菩薩」を念誦する。これ を聞いて閻羅大王は『仏の広いみ心により、慈悲の糸が下ろされた。お前を再び娑婆に戻そうぞ。』と 告げる。「地獄」から「娑婆」へ次元は変換される。智暁は生還する。

[日生劇場での日本初上演のプログラムから]
「智暁(ちぎょう)」 (旧題:「閉じられた舟」)は、石井眞木が1980年に発表した音響詩「熊野補 陀落(くまのふだらく」★)1.をもとに、「オペラ」として構想された。構想から18年の歳月を経て昨年 10月、ユトレヒト、ベルリンで初上演★)2.されたが、この作品を日本初演するにあたり、石井眞木はヨ ーロッパツアーの経験を生かし音楽の一部を改訂し、また演出、舞台美術、照明なども、日生劇場の空 間を勘案したプランに改めた。
 「閉じられた舟」の内容は、中世に信仰的実践として行われた「補陀落渡海」★)3.と、延暦六年(787)頃一応の原型がまとめられたといわれる仏教説話集「日本霊異記」★)4.の一説話を翻案した物語による。 ここでは、一人の僧侶の「中有」(バルドー/死んで次の生―成仏を受けるまでの中間の時空)と「地 獄」の体験を通し、仏教的な生死観、あるいは仏とは何か、が浮き彫りにされるが、この僧侶の姿は、 現代にも通ずる人間のかなしい性(さが)―愚かさ、弱さの表現でもある。作曲者はここに、20世紀の 人間絶対主義(近代主義)への懐疑をも重ねている。
 主役の僧─智暁(テノール)は多義的な様式で歌う。主にドイツ語の現代的な歌唱によるが、内容、表 情に即して「観音経」★)5.を唱え、調性的な旋律も歌う。また閻羅大王(バス・バリトン)は日本語で 朗誦し歌うが、朗誦は歌うように、歌唱は朗誦のように、すなわち、朗誦と歌唱の境界をあいまいにす ることが要求されている。西欧的なレチタティーヴォ、シュプレッヒシュティンメとは異なる、東洋的 な「語りもの」へ回帰するかの如く。衆生、すなわち民衆―人々として登場する大勢の僧侶は、苦悩す る高僧―智暁を救済する仏の御心も代弁し「観音経」を唱える。この読経、念誦は、伝統的な方法に準 拠してはいるが、あるときはそこから逸脱をみせる。第3場、天上から下りてきた蜘蛛の糸―仏の慈悲 を前に、智暁が歌う場面は、芥川龍之介の物語「蜘蛛の糸」★)6.を敷延した場面である。

 アンサンブルの楽器編成は、バス・フルート(フルート)、バス・クラリネット、ピアノ、それに数十 種類からなる打楽器群にしぼられているが、舞台にも登場する横笛(龍笛、能管)、さらに特殊鉄製打 楽器が加わり、豊かな音響空間を創出する。そしてこれらの響きを背景に「大駱駝艦」★)7.の特異な舞踏が、幻覚シーン、あるいは地獄の場面でビジュアルなイメージを現出させる。


<クロスカルチャー・オペラ 「智暁(ちぎょう)」注釈>

★)1.音響詩「熊野補陀落」:義太夫と横笛、マリンバ、打楽器のための作品(作品42/NHK・FM放 送/昭和55年度芸術祭優秀賞受賞)。
★)2.プレミエーレ:オペラ「閉じられた舟」は、1999年10月2日、3日、オランダ/ユトレヒトのシャウ ブルグ劇場で世界初上演された後、10月6日、7日、9日にはベルリンのヘベル劇場でドイツ初上演が行
われた。
★)3.「補陀落渡海」(熊野補陀落):僧侶が極楽浄土(Potalaka)を目指し、「閉じられた舟」 で舟出して死ねば、その霊魂は極楽往生がかない、民衆を救済できるという厚い信仰の実践。一種の自 殺行為ともいえるこの「補陀落渡海」を遂げた捨身行者もいたが、死への恐怖におそわれて「閉じられ た舟」から逃げ帰った者もあるという。「熊野年代記」には、「補陀落渡海」は、貞観十年(868)に
はじまり、平安時代に3回、室町時代に10回、 さらに江戸時代にも6回あった、と記録されている。

★)4. 「日本霊異記」:日本最初の仏教説話集。薬師寺の僧、景戒によりまとめられた。三巻百十六話より成っ ている。「閉じられた舟」では、『一人の僧侶が閻羅王宮−地獄を体験し娑婆に戻される』という説話 (中巻第七話)を基に翻案した。
★)5.「観音経」:「般若心経」と並んで、最も親しまれている代表的な経典。「般若心経」が深遠な仏 教の哲理を展開した経典であるのに対して、「観音経」はそれと対照的に、衆生(民衆)の諸難を取り 払い、願いを即物的にかなえる、という現世利益を説いた経典。このオペラでは漢文で唱えられる。
★)6.「蜘蛛の糸」:芥川龍之介の児童文学の代表作。極楽の釈迦が地獄で蠢く一人の罪人に、この男が かつて一度だけ小さな蜘蛛を助けたことを思い出し、この男を地獄から救済しようと慈悲の蜘蛛の糸を 男の前に下ろす、という物語。
★)7.「大駱駝艦」:麿赤児を主宰者とする世界的に活躍する舞踏集団。その幽界を思わせる独特な肉体 の動きには定評がある。


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